赤城山【三夜沢赤城神社 櫃石】
- GPS
- 04:15
- 距離
- 7.3km
- 登り
- 377m
- 下り
- 377m
コースタイム
天候 | 晴れ |
---|---|
過去天気図(気象庁) | 2020年11月の天気図 |
アクセス |
利用交通機関:
自家用車
トイレ有り |
コース状況/ 危険箇所等 |
櫃石までは荒れた林道のような状況でした。 櫃石東側の地形図破線を歩くつもりでしたが小径は無く、激藪ゾーンでした。ご注意下さい。 |
写真
感想
以前から気になっていた櫃石ですが、nさんに相談したところ意気投合し、一緒に踏査することになりました。
櫃石とは赤城山南面中腹にある古墳時代(六世紀頃)の祭祀遺跡である。櫃石は赤城山信仰の原初ともいえる磐座であり、赤城山の聖地とすることができるのかなと思います。
山レコというより、考古学?レコになってしまいますが、土器を発見した時は探究的興奮を味わうことができました。約1500年前の遺跡に想いを馳せ、大好きな赤城山の歴史や信仰の一端を感じることができました。
約十年振りとなるnさんとの踏査は懐かしくもあり、とても楽しい時間を過ごさせていただきました。改めてnさんに感謝申し上げます。
【nさんから玉稿を賜りましたので以下に記します。】
古代祭祀遺跡としての櫃石
群馬県を代表する古代祭祀遺跡として著名な櫃石は、赤城山南麓の開発史を研究テーマとする私にとって特別なものであった。とは言えなかなか山歩きには不馴れな私にとっては一人での探訪は些かハードルが高いもので、今回のお誘いは渡しに船でもあった。
山を下りて帰宅後、手元の資料をひっくり返してみると、改めて櫃石のもつ歴史的脈絡を確認することが出来た。翌日の採集遺物の届けの際、文化財保護課の方々との話の中で得た知見も重要であった。以下に要点のみ、披露しておきたい。
櫃石は流れ山
赤城で言う流れ山とは、約20万年前の噴火で発生した山体崩壊の際、特に梨木泥流によって生じた岩屑なだれに含まれた巨大岩塊由来の小山のことで、その分布の南限は伊勢崎市の華蔵寺である。
今回踏査して、櫃石は流れ山の頂部に露出した岩塊が風化したものであると予想された。
櫃石背後で荒山からの尾根が分断されたような鞍部(あんぶ)をもつこと、赤城神社との間は急傾斜によって分断され、独立した山に見えるある種の違和感は、流れ山であると理解することで解消する。
赤城南麓と磐座(いわくら)
磐座とは巨石を神の依り代とした祭祀で、赤城南麓では左記の流れ山を利用した事例が多い。「流れ山祭式」とでもいう祭祀の形態が、古代、特に古墳時代の赤城南麓に存在していたと言われている。
今回の踏査で櫃石が流れ山の上にあると考えたられた点は大きい。つまり「流れ山祭式」の磐座で最高所に櫃石は位置しているからである。すぐ下にある式内社である赤城神社も、必然の選択によるものと考えられる。
余談ではあるが、赤城神社が現在の位置を選択したことに正統性をもたせる為、櫃石を磐座に仕立て上げたという、ある意味で捏造遺跡という意見もある。つまり近世の赤城山信仰の高まりの結果、土器や祭祀遺物を撒いたという説である。
今回の踏査で、地下深くから木の根によって引き上げられた状態が確認され、祭祀特有の手づくね土器が主体であることが確認された。近世に捏造されたのであれば、埋蔵深度は浅いだろうし、ましてや手づくね主体という組成はあり得ないだろう。
よって捏造説は否定できると考える。
まだ他にも書きたいことはたくさんあるが、口説くなるので筆は止める。何れにせよ百聞は一見にしかず、行ってみて良かったと素直に思うのであった。
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