(はじめに)
この第2−3章では、北アルプスがどのようにして隆起し、3000mを超える高峰を多数もつ大山脈となったのか?について説明を行います。
1)北アルプスは、逆断層山地ではなかった
現在の中部日本は(おそらく太平洋プレートの、列島側プレートへの沈み込みに起因する)東西圧縮の場となっています。
日本アルプスのうち、南アルプス、中央アルプスは、その東西方向の圧縮力により、それぞれの山地の東側に逆断層が生じ、その活動により、水平方向の圧縮力が、上への上昇力と転化して、山地が上昇したことが解っています。
さて北アルプスは、南ア、中アと同じ逆断層で隆起した山地でしょうか?
安曇野から見た常念山脈や、大町市、白馬村から見た後立山山脈(連峰)は、平野部から山地が急角度で立ち上がって見え、一見すると、平野部と山地部の境目に逆断層が存在し、そのせいで、南ア、中アと同様に、北アルプスも上昇したように見えます。
しかし、実は平野部と山地部の境目には逆断層が存在しないことが解っています(地質境界線としての糸静線は山麓部に存在しますが、北アルプスの山麓付近では、かなり長い間、活断層としての活動はしていません)
逆断層で隆起した訳でないということで、北アルプスの隆起メカニズムについては、最近まで謎であり、1980年代、90年代の地理学の教科書にもその点はほとんど触れられていません。しかし、1990年代以降の研究の進展に基づき、2000年以降、だいぶ隆起メカニズムが具体的にわかってきています。
日本アルプスのうち、南アルプス、中央アルプスは、その東西方向の圧縮力により、それぞれの山地の東側に逆断層が生じ、その活動により、水平方向の圧縮力が、上への上昇力と転化して、山地が上昇したことが解っています。
さて北アルプスは、南ア、中アと同じ逆断層で隆起した山地でしょうか?
安曇野から見た常念山脈や、大町市、白馬村から見た後立山山脈(連峰)は、平野部から山地が急角度で立ち上がって見え、一見すると、平野部と山地部の境目に逆断層が存在し、そのせいで、南ア、中アと同様に、北アルプスも上昇したように見えます。
しかし、実は平野部と山地部の境目には逆断層が存在しないことが解っています(地質境界線としての糸静線は山麓部に存在しますが、北アルプスの山麓付近では、かなり長い間、活断層としての活動はしていません)
逆断層で隆起した訳でないということで、北アルプスの隆起メカニズムについては、最近まで謎であり、1980年代、90年代の地理学の教科書にもその点はほとんど触れられていません。しかし、1990年代以降の研究の進展に基づき、2000年以降、だいぶ隆起メカニズムが具体的にわかってきています。
2)北アルプスの隆起に関する仮説
北アルプスの隆起メカニズムにはまだ不明な点が多いのですが、信州大学の原山先生らのグループの研究に基づく、以下の隆起メカニズム(ここでは「原山仮説」としておきます)が有力と考えられます。
すなわち「原山仮説」によると、北アルプスは、二段階で隆起し、隆起メカニズムは以下のように考えられる、と説明されています。(文献1、文献2)。
a) 第一段目の隆起
・時期;約250〜150万年前
・活動様式;この時期の北アルプスは、伸張場(両側から引っ張られるような力が働いている場所のこと)、あるいは中立場(引っ張り力も圧縮力も働いていないような場所のこと)と推定されています。
その際に、現在の北アルプスの地下に大規模なマグマだまりが形成され、そのマグマの浮力により、マグマ直上の地面が隆起して、標高 約1000mほどの低い山並みが形成されたと推定されています。(一段目隆起での標高については、明確なエビデンスがなく、標高=約1000mというのは、想定値です)
このマグマ貫入とともに火山活動が活発化し、いくつかの大規模火山噴火が起きたことが、地質(火砕流堆積物や広域テフラ)の分析により、解っています。
個別の山々の説明の章で改めて詳しく述べる予定ですが、この時期に大規模火山活動を行ったのは、槍穂高連峰に存在したカルデラ型火山、爺が岳〜鹿島槍にかけて存在したカルデラ型火山などです(文献2、文献3、文献7)。
b) 第二段目の隆起
・時期;約130年前〜(現在?)
・活動様式;このころから北アルプス地域は東西圧縮応力場となり、第一段階目の地下への高温のマグマの影響で、地殻上部が力学的に脆弱となっていたために、圧縮応力によって、「座屈変形」(薄いプラスチックシートを両側から押すと、ぐにゃっと山なりに曲がるような様式の変形)を起こしたと推定されています。
結果として東西圧縮力が山地を上昇させる力となって、北アルプスが約3000mレベルまで急速に隆起したと、考えられています。またこの時には上方向への隆起だけではなく、主に北アルプスの中央部〜東列にかけては、山が東側に倒れるような方向の傾動運動が伴っていたことも解っています(文献1、文献2、文献7)
また、この時期のうち、約80万年前〜現在までは、再び火山活動も活発化し、現在見られる立山火山、焼岳のほか、雲の平付近の火山活動、さらに南の乗鞍岳、御岳などが、活発な火山活動を行いました。ただし、第一段目の隆起の際の火山活動よりは、噴出物の量は少ないようです。
なお、この第二段目の隆起速度のピークは、約100万年前(130〜80万年前、という説もあり)、と推定されています。
隆起速度としては、爺が岳の西側に現在露出している「黒部川花崗岩」由来の礫(石ころ)の堆積層の研究から、数mm〜十数mm/年、という、かなり大きな隆起速度が推定されています(文献4)。
ところで北アルプスの隆起速度は約100万年前がピークだったとすると、100万年前から現在にかけ、徐々に隆起速度が低下してきているということなのでしょうか? その点はまだ明確になっていないようです。
すなわち「原山仮説」によると、北アルプスは、二段階で隆起し、隆起メカニズムは以下のように考えられる、と説明されています。(文献1、文献2)。
a) 第一段目の隆起
・時期;約250〜150万年前
・活動様式;この時期の北アルプスは、伸張場(両側から引っ張られるような力が働いている場所のこと)、あるいは中立場(引っ張り力も圧縮力も働いていないような場所のこと)と推定されています。
その際に、現在の北アルプスの地下に大規模なマグマだまりが形成され、そのマグマの浮力により、マグマ直上の地面が隆起して、標高 約1000mほどの低い山並みが形成されたと推定されています。(一段目隆起での標高については、明確なエビデンスがなく、標高=約1000mというのは、想定値です)
このマグマ貫入とともに火山活動が活発化し、いくつかの大規模火山噴火が起きたことが、地質(火砕流堆積物や広域テフラ)の分析により、解っています。
個別の山々の説明の章で改めて詳しく述べる予定ですが、この時期に大規模火山活動を行ったのは、槍穂高連峰に存在したカルデラ型火山、爺が岳〜鹿島槍にかけて存在したカルデラ型火山などです(文献2、文献3、文献7)。
b) 第二段目の隆起
・時期;約130年前〜(現在?)
・活動様式;このころから北アルプス地域は東西圧縮応力場となり、第一段階目の地下への高温のマグマの影響で、地殻上部が力学的に脆弱となっていたために、圧縮応力によって、「座屈変形」(薄いプラスチックシートを両側から押すと、ぐにゃっと山なりに曲がるような様式の変形)を起こしたと推定されています。
結果として東西圧縮力が山地を上昇させる力となって、北アルプスが約3000mレベルまで急速に隆起したと、考えられています。またこの時には上方向への隆起だけではなく、主に北アルプスの中央部〜東列にかけては、山が東側に倒れるような方向の傾動運動が伴っていたことも解っています(文献1、文献2、文献7)
また、この時期のうち、約80万年前〜現在までは、再び火山活動も活発化し、現在見られる立山火山、焼岳のほか、雲の平付近の火山活動、さらに南の乗鞍岳、御岳などが、活発な火山活動を行いました。ただし、第一段目の隆起の際の火山活動よりは、噴出物の量は少ないようです。
なお、この第二段目の隆起速度のピークは、約100万年前(130〜80万年前、という説もあり)、と推定されています。
隆起速度としては、爺が岳の西側に現在露出している「黒部川花崗岩」由来の礫(石ころ)の堆積層の研究から、数mm〜十数mm/年、という、かなり大きな隆起速度が推定されています(文献4)。
ところで北アルプスの隆起速度は約100万年前がピークだったとすると、100万年前から現在にかけ、徐々に隆起速度が低下してきているということなのでしょうか? その点はまだ明確になっていないようです。
3) 現在の北アルプスは、まだ隆起しているのか?
前節では、北アルプスの隆起は、約250万年前から始まり、隆起速度のピークは約100万年前である、という仮説をベースに解説しました。
では、現在の北アルプスは今も成長を続けているのでしょうか?
a) 三角点測量結果
日本アルプス付近の隆起速度は、三角点測量値の、約70年間の変化に基づき、南アルプスでは、約4mm/年の隆起、中央アルプスも、北部では約2〜4mm/年の隆起をしていることが確認されています。しかし、北アルプスは全域で、+1mm/年以上の隆起は確認されていません。(文献5、図1.3.2)。
b) GPS測量結果
最近は、GPSでの鉛直方向の測量の精度が上がって来たので、GPSによる北アルプスの隆起速度の検討が始められています(文献6)。
それによると、前穂高岳山頂での約9年間(1999年、2005年、2008年)の計測で、+5mm/年の隆起という結果が得られています。
また立山(浄土平)では、1996〜2004年の8年間のGPS測定にて、+3.8mm/年の隆起という結果も得られているようです。
ただし、数年〜十数年レベルの測定では、地震などの影響で、地殻が水平方向だけでなく、鉛直方向にも変動するため、わずか10年未満の期間での測定結果だけでは、何とも言えないと思います。今後、長期間かつ多地点の鉛直方向GPS測定により、隆起/沈降速度およびその変動が精度良く測定されるのを期待したいと思います。
では、現在の北アルプスは今も成長を続けているのでしょうか?
a) 三角点測量結果
日本アルプス付近の隆起速度は、三角点測量値の、約70年間の変化に基づき、南アルプスでは、約4mm/年の隆起、中央アルプスも、北部では約2〜4mm/年の隆起をしていることが確認されています。しかし、北アルプスは全域で、+1mm/年以上の隆起は確認されていません。(文献5、図1.3.2)。
b) GPS測量結果
最近は、GPSでの鉛直方向の測量の精度が上がって来たので、GPSによる北アルプスの隆起速度の検討が始められています(文献6)。
それによると、前穂高岳山頂での約9年間(1999年、2005年、2008年)の計測で、+5mm/年の隆起という結果が得られています。
また立山(浄土平)では、1996〜2004年の8年間のGPS測定にて、+3.8mm/年の隆起という結果も得られているようです。
ただし、数年〜十数年レベルの測定では、地震などの影響で、地殻が水平方向だけでなく、鉛直方向にも変動するため、わずか10年未満の期間での測定結果だけでは、何とも言えないと思います。今後、長期間かつ多地点の鉛直方向GPS測定により、隆起/沈降速度およびその変動が精度良く測定されるのを期待したいと思います。
(参考文献)
文献1) ウイキペディア 「飛騨山脈」の項、
2020年5月閲覧
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%A3%9B%E9%A8%A8%E5%B1%B1%E8%84%88
文献2)原山、大藪、深山、足立、宿輪
「飛騨山脈東半分における前期更新世後半からの傾動・隆起運動」
第四紀研究誌、第42巻、p127−140(2003)
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jaqua1957/42/3/42_3_127/_pdf
文献3)及川
「飛騨山脈の隆起と火成活動の時空的関連」
第四紀研究誌、第42巻、p141−156 (2003)
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jaqua1957/42/3/42_3_141/_pdf
文献4)及川、和田
「飛騨山脈北部における1Ma頃の急激な隆起
―北部フォッサマグナ西縁、居谷里層の礫組成を指標として―」
地質学雑誌、第110巻、p528-535 (2004)
https://www.jstage.jst.go.jp/article/geosoc/110/9/110_9_528/_pdf
文献5) 町田、松田、海津、小泉 編
「日本の地形 第5巻 中部」 東京大学出版会 刊(2006)
のうち、1−3章「中部地方の地形形成環境とその変遷および編年」の項
及び、図1.3.2「水準測量結果から得られた最近70年間の
総括的上下運動」
※なお、図1.3.2のデータの元は、
「日本における最近70年間の総括的上下運動」、壇原、
測地学会誌、17、p100-108(1974)。
・・(電子ファイルは見つからず)
文献6)西村、国土地理院穂高岳測量班
「北アルプス穂高連峰の隆起に関する測地学的検証
〜 一等三角点 穂高岳でのGNSS観測 〜」
国土地理院時報 第124巻、p117-123(2013)
文献7)原山、山本 共著
「超火山「槍・穂高」」山と渓谷社 刊(2003)
2020年5月閲覧
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%A3%9B%E9%A8%A8%E5%B1%B1%E8%84%88
文献2)原山、大藪、深山、足立、宿輪
「飛騨山脈東半分における前期更新世後半からの傾動・隆起運動」
第四紀研究誌、第42巻、p127−140(2003)
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jaqua1957/42/3/42_3_127/_pdf
文献3)及川
「飛騨山脈の隆起と火成活動の時空的関連」
第四紀研究誌、第42巻、p141−156 (2003)
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jaqua1957/42/3/42_3_141/_pdf
文献4)及川、和田
「飛騨山脈北部における1Ma頃の急激な隆起
―北部フォッサマグナ西縁、居谷里層の礫組成を指標として―」
地質学雑誌、第110巻、p528-535 (2004)
https://www.jstage.jst.go.jp/article/geosoc/110/9/110_9_528/_pdf
文献5) 町田、松田、海津、小泉 編
「日本の地形 第5巻 中部」 東京大学出版会 刊(2006)
のうち、1−3章「中部地方の地形形成環境とその変遷および編年」の項
及び、図1.3.2「水準測量結果から得られた最近70年間の
総括的上下運動」
※なお、図1.3.2のデータの元は、
「日本における最近70年間の総括的上下運動」、壇原、
測地学会誌、17、p100-108(1974)。
・・(電子ファイルは見つからず)
文献6)西村、国土地理院穂高岳測量班
「北アルプス穂高連峰の隆起に関する測地学的検証
〜 一等三角点 穂高岳でのGNSS観測 〜」
国土地理院時報 第124巻、p117-123(2013)
文献7)原山、山本 共著
「超火山「槍・穂高」」山と渓谷社 刊(2003)
このリンク先の、2−1章の文末には、第2部「北アルプス」の各章へのリンク、及び、序章(本連載の各部へのリンクあり)を付けています。
第2部の他の章や、他の部をご覧になりたい方は、どうぞご利用ください。
第2部の他の章や、他の部をご覧になりたい方は、どうぞご利用ください。
【書記事項】
初版リリース;2020年5月5日
△改訂1;「2−3章(前編)」と「2−3章(後編)」に分けていたものを統合し、「2−3章」とした。参考文献の項、修正、追記。2−1章へのリンク追加。書記事項追記。
(2022年1月6日)
△最新改訂年月日;2022年1月6日
△改訂1;「2−3章(前編)」と「2−3章(後編)」に分けていたものを統合し、「2−3章」とした。参考文献の項、修正、追記。2−1章へのリンク追加。書記事項追記。
(2022年1月6日)
△最新改訂年月日;2022年1月6日
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